◎ さまざまな森について

 水源涵養や国土保全など公益的な機能を持っている森林。最近は防災機能が注目され、全国各地で市民団体による森づくりが展開されています。そこで、地域の実情にあった森林整備に向け、工夫している森づくりの事例を紹介します。

◇源流の森づくり=熊本県水俣市

 熊本県水俣市の東部、水俣川源流部の久野木地区の村おこし施設・愛林館(沢畑亨館長)。水源の森再生運動を展開している沢畑さんに案内してもらい、「水源の森」を訪ねました。
愛林館から約7㎞、水俣川の支流、久野木川源流部に植樹後16年の森は広がっていました。スダジイやイチガシ、タブノキなどの常緑広葉樹や、クヌギ、コナラヤアザクラなどの落葉広葉樹が高さ6mほどに成長、幅1.5mほどの山道を挟んで林立していました。胸高直径はタブノキは約18㎝、クヌギは約15㎝、サクラは約22㎝ありました。密生状態ですが、除伐など手入れが行き届いているようで、林内は明るく、樹冠の間からは空が仰げました。
愛林館の水源の森再生運動の特徴は、地元住民や市内外のボランティアを募り、植樹後も下草刈りや除伐などの管理作業を継続していること、作業を効率化するため作業道も民間の力で整備しています。

【目的】
自然林に近い照葉樹林を育て、森林の多面的な機能を発揮できる森づくりと、多様な動植物のすみかを作るのが狙いです。

【植樹地】
国有林と分収造林契約を結び、人工林の伐採跡地に、市民参加で植樹

【植樹】
1996年から2003年まで実施、植樹面積は20・7haに及びます。植栽密度は1haあたり3000本(0.3本/1㎡)です。

【管理】
ツルや草がはびこると、樹木は成長を妨げられるため、4月にツル切り作業、草刈りは6月など年2回行います。夏場の作業は重労働のため、草刈り合宿を実施。除伐も実施し、年4回の除伐実習も開催。2007年には作業道づくりを実施しました。

【成果・課題】
成果は、参加者が森づくりを実感できることですが、苗木代金も必要なため、資金集めが課題。沢畑さんは「森の公益的機能に、行政はもっとお金を出すべきだ」が持論で、「健全な森を作るため、こうした考えの賛同者を増やしたい」と話しています。


【1996年の第1回植樹地は、立派な森に成長(左端は沢畑さん)】

【常緑と落葉の広葉樹が元気よく天に伸びる】

【除伐後には、ひこばえが成長】

【カエルも飛び出し、生物多様性豊かな森に】

【 】

【山の斜面に置かれた小さな祠。一帯の森は昔から先人に守られてきた】

【久野木地区は、寒川の棚田で知られる】

◇森は海の恋人植樹=宮城県気仙沼市

 気仙沼市内から車で約30分、室根山中腹、室根高原県立自然公園を貫く道路を降りると、広葉樹の森にたどり着きました。道の反対側には、眼下に気仙沼湾が広がっています。標高896mの室根山は岩手県一ノ関室根町にあり、北上高地南部の独立峰、ツツジの名所としても知られています。案内役を務めてくれた、NPO法人・森は海の恋人の畠山重篤理事長は、この広葉樹の森が、森は海の恋人運動による第1回植樹地であることを説明しました。 沿道のブナの木は直径約20㎝。順調に成長していました。
 植樹をスタートさせたのは、1989年。畠山さんら気仙沼の漁師仲間らで「牡蠣の森を慕う会」を結成、室根山にクヌギやコナラ、ムラサキシキブなどの落葉広葉樹を植樹、2009年には会は、NPO法人・森は海の恋人に発展し、植樹を継続、2013年6月には25回の記念植樹祭が行われました。

【目的】
世界の三大漁場として知られる三陸沖。川が運ぶ森の養分が、魚介類の餌を育んでいることから、気仙沼湾の環境保全と、上流部と下流の湾はつながっていることを、川の流域に暮らす人々で価値官を共有すること。

【植樹地】
岩手県一ノ関市室根町の室根山と矢越山。室根山中腹にある室根神社の大祭は、気仙沼湾の海水で神社に奉納された神輿2基を清め、町の仮宮まで先陣争いする1300年の伝統行事(国の重要無形民俗文化財)。畠山さんは2013年10月、海水を汲み上げ神社に届けるお塩役を務めた。

【植樹】
1989年に室根山中腹に植えて以来、93年から矢越山のアカマツ伐採地などで植樹。2013年6月に25回植樹祭を実施、これまで落葉広葉樹約3万本を植えました。クワで穴を掘り、裸苗を植えてきましたが、最近では、広葉樹の苗木業者からポット苗を購入し植樹しています。

【管理】
会やNPO法人で草刈りやヤブ払いを実施しており、ほかに、自治体が樹木の下草刈りなど整備している。

【成果・課題】
木材生産の森と異なり環境保全の森。「最終的に、どのようにヤマを仕立てるか、が課題だ」(畠山理事長)といい、森が成長し枝葉が混み合ってきているので、間伐も検討しています。多様な動植物が育つ森、皆で楽しむ、教育的な森づくりを目標に、海の生物豊かな森につなげようとしています。
 畠山さんによると、植樹は人の心に木を植えることで、植樹運動が一つの契機になって農薬の自粛など環境保全の意識が広がりました。そこ結果、ほとんど見られなかったウナギやメバルが確認されるようになりました。


【25年前の第1回植樹地(室根山中腹)は立派な広葉樹の森に。畠山さんは、植樹木の成長を喜ぶ】

【第1回植樹地のブナも元気。下草も刈られ、手入れが行き届いている】

【畠山さんがお塩役を務めた室根神社】

【1993年に植えた矢越山のひこばえの森も、立派に成長】

【 】

【ひこばえの森の入り口の看板に、森づくりが詳しく解説されている】

【気仙沼湾に注ぐ川には、遡上するサケが増えているとか】

【川面には、サケの魚影も見られるまで環境も改善】

【東日本大震災の津波は、高台の畠山さんの自宅下まで押し寄せた。木々に引っかかったブイ(左側)を指さす畠山さん】

◇日本3大砂丘「庄内砂丘」の森づくり=山形県遊佐町~鶴岡市

 波打ち際から80m、高さ2~3mのマツ林が海岸線に沿って伸びています。山形県遊佐町青塚地区。マツ林は内陸にいくに従い背丈も高く伸びていますが、海岸に連なるマツはみな東側に傾き、樹齢60年のマツでも高さ7~8m、直径15㎝ほどしかなく、風の強い過酷な環境がしのばれます。
 マツ林に入ると、マツ葉や草でフカフカ、波の音も和らぎ、まるで別世界です。マツ枝には、松ぼっくりが開いていました。このマツ林は、約350年間にわたって先人の植林が今に受け継がれ、産官学民総出の森づくりが継続しています。

【歴史】 
山形県最北部にある遊佐町吹浦から鶴岡市湯野原までの延長34㎞、広さ約7000haの庄内砂丘。ところが、中世までは、カシワなどの落葉広葉樹が主体の森林に覆われていたと伝えられています。林野庁庄内森林管理署によると、戦国時代から江戸初期にかけ、乱世の戦火に森林が焼かれ、また、製塩の薪材など無計画な伐採が繰り返されたといいます。
 江戸時代中ごろから植林が行われてきましたが、1951年ごろには遊佐町の服部興野地区では、民家が砂に埋もれ、移転を余儀なくされ民家もあったそうです。そこで、2002年、行政機関や教育機関、森林組合、企業や市民団体などが集まり、出羽庄内公益の森づくりを考える会が発足し、海岸林の保全を目指す取り組みがスタートしました。やせ地でも比較的育ち繁殖力も強いニセアカシアがかつて植えられ、マツを駆逐してしまうため、植林とニセアカシアの伐採を並行して展開されてきました。
 自治会や区長会、地区農協などが1997年に設立した「砂丘地砂防林環境整備推進協議会」の佐藤豊昭さんは「先人(の苦労)を語らずに、庄内砂丘のマツ林は語れない」と主張するほど、森林伐採後に襲ってきた砂との先人の苦闘の歴史があったのです。

 
【植林】
 庄内森林管理署では、1haあたり1万本(1㎡に1本)の割合で、クロマツを主体に肥料木としてアキグミなども密植しました。1950年代の植え方ですが、密植は、風の影響を防ぐためです。その後、海岸最前線は密植度は同じでも、後背地は1haあたり7000本から5000本に密植度を下げています。
 当初はニセアカシアを伐採し、2002年から植林を始めた同推進協議会は、クワで穴を掘り、すべてクロマツを植え、植樹会を開き、小学生ら子供たちとも植えています。5月は枝打ち作業、6月以降は下草刈り、11月に植林と、ほぼ年間を通して森林の再生活動を続けています。

【管 理】
庄内森林管理署など行政や民間ボランティア団体などが、それぞれ植樹地のメンテナンス作業を継続しており、同推進協議会も、5月は枝打ち作業、6月以降は下草刈りなど、11月の植林のほか、ほぼ年間を通して森林の再生活動を続けています。

【成果と課題】
 同推進協議会は、年間3000本ずつ、これまで3万6000本を植林。子供たちと一緒に植えた本数を含めると、5万本に及びます。作業はボランティアですが、苗木代は町や県の助成で賄っています。
最大の悩みは、平成5年以降、目立ってきたマツ枯れ被害です。マツ枯れ伐採跡地にも植林していますが、薬剤の樹幹注入作業も実施しています。


【マツ林は潮風に耐え、元気に沿岸部に伸びている(遊佐町青塚地区)】

【林内に密生しているクロマツ】

【推進協議会の佐藤さんが最初に植えたマツは立派に成長し、林を形作っている】

【いまでも、民家を道路より下げ、風をよける工夫が見られる】

【マツ林が二層に形成されている庄内海岸。マツ枯れが課題になっている(庄内森林管理署提供)】