◎ 森の知恵

「森は食料庫、最後の命の砦」

 江戸時代は、宝暦、天明、天保年間に大凶作に見舞われ、何度も飢饉に遭いました。各地に餓死供養塔があり、盛岡市には、江戸時代の悲惨な餓死者を供養するため、十六羅漢像の石像が建てられ、今でも供養に訪れる人もいます。

 ところで、飢饉や戦争などで食料が不足した時、間に合わせの食料として利用された植物を救荒植物といいます。茨城県の筑波山麓には、樹齢数百年の椎の木が多いのも、飢饉対策だといわれています。また、カヤの実が食べられることから、岐阜県内では、将棋盤の材料となるカヤの大木が散見されます。このほか、田の畔に咲くヒガンバナも球根を水に晒して食べたと言われます。

 米沢藩では、食用できる植物の解説書「かてもの」を作って配布したお蔭で、飢饉の時にも、餓死者がいなかったといわれています。ものが有り余って膨大な残飯が捨てられ、問題化しているほどの現代では、少々ピンとこないかも知れません。

 しかし、冷夏による米の不作で、タイ米を緊急輸入した1993(平成5)年の平成の米騒動や、東日本大震災の際にも都内ではパンや野菜が店頭から消えました。災害を考えると、救荒植物の必要性が現実味を帯びてきます。

 さらに、2013年に国連食糧農業機関(FAO)の事務局長が「森林の産出物は食糧難との闘いに重要だ」と発言、蛋白源として、食料・飼料としての昆虫の役割を強調し、注目されました。世界の人口が膨張すれば、限られた食糧も不足します。そこに、天候不良や災害などが重なったら。平成の米騒動を引き起こした記録的冷夏も、2年前のピナツボ火山の噴火が原因とも言われています。

 人間が命を維持するのに最低限必要なものは、エネルギー(木材)と水と食糧です。昆虫に限らず、これらがあるのは森林です。そして、森林を抱える山村には、長い歴史の中で育んだ、救荒食を調理・加工して生き延びる知恵があります。

 そのためにも、森林や山村を荒廃、消滅させてはならないのです。